大手有名探偵社への訪問取材を繰り返す中で教えてもらった調査技術のエッセンスを紹介するコーナーです。
今回は自殺の危険のある家出人の捜索です。
意外に思われるかもしれませんが、家出人のうち、自殺の危険が一番大きいのは成人男性です。
3つの年令帯ピークがあり、多い順に言うと…
「男だから大丈夫では?」などという方もいらっしゃいますが、逆です。
男性はギリギリまで平静を装いますが、ひとたび糸がプツンと切れると女性よりずっと脆いのです。
女性の家出は友人宅に身を寄せていることも多いですが、男性は単独が多いです。
そしてしばしば死に向かうのです。
業界大手の原一探偵事務所では、家出人捜索の受任件数の7割以上が成人男性の案件だそうです。
男性の場合、思い出の場所を訪ねてから決行するという傾向が顕著です。
子供時代を過ごした場所、出身大学のある街、よく通ったお気に入りの旅行先・・・
思い出の場所を捜索して決行前に見つけるということも行われますが、場所の絞り込みはなかなか難しいです。
いろいろな場所で生きてきた人の場合、候補地が日本中に拡散しますが、見当はずれの場所を探していたら手遅れになってしまいます。
捜索場所の優先順位は家族の話を聞いて判断しますが、経験豊かな探偵は動物的な勘を発揮します。
全国にいわゆる「自殺の名所」と呼ばれる自殺決行頻発場所があり、全国的に有名なのは富士山麓の「青木ヶ原樹海」でしょう。
観光地でもあるのですが、一度迷うと簡単に抜け出せないほど広大な樹林なので、彷徨って死のうという人も多いのです。
こういう場所にももちろん捜索に行きます。
業界大手の原一探偵事務所は家出人捜索に強い探偵社で、調査部特捜課という捜索専門部隊を持っています。
【原一の特捜課O次長(左)とS調査員】
特捜課は都会のネットカフェなどをしらみつぶしに探すローラー調査班と、自殺の危険のある家出人を探す特異捜査班に分かれています。
取材の際に、特異捜査班の捜索風景の動画を見せてもらったことがあるので、その画像を使ってやり方を簡単に紹介しましょう。
【家出人捜索・売店での聞き込み】
上掲写真は青木ヶ原樹海そばの売店ですが、捜索対象に似た人物の立ち寄りがなかったか聞き込み、探し人のポスターを配っていきます。
ポスターはお客さんから見えないバックヤードに貼ってもらい、似た人物を見つけたら通報してもらいます。
この地道な活動が発見につながることも多いということです。
自殺志願者は大量にお酒を買い込み、飲酒して決行することも多いので、自殺名所近辺の酒屋やコンビニも重点チェックポイントです。
【家出人捜索・ドローンの使用】
廃屋や崖の下など人が簡単に行きにくい場所も小型ドローンを使ってチェックしていきます。
【家出人捜索・地元パトロール隊への連絡】
地元のパトロール隊に出会ったら、必ず挨拶をし、事情を話しておきます。
発見につながることもあるし、捜索している自分たちが無謀なハイカーや自殺志願者と誤解されることも防ぎます。
【家出人捜索・林道の駐車チェック】
林道に駐車している車は必ず車内を確認します。
このように車を停めて、山林に入り込み、決行することも多いです。
【家出人捜索・樹海セット】
山林の中に入る時はしっかりした装備を持っていきます。
上掲写真は原一探偵事務所の社内で「樹海セット」と呼ばれているもので、2km先まで光が届く懐中電灯イグナス、赤外線暗視カメラ、ロープ等の重装備です。
【家出人捜索・樹海内捜索風景】
こうした山林の中でも人が行きそうな場所、探すコツなどがあります。
素人がやみくもにうろついても、自分自身が遭難する危険を冒すだけです。
先に紹介した原一さんの人探し部門への取材では、19歳の少年を山林での決行直前に食い止めた体験談が聞けました。
と同時に、車の中に家族一人一人にプレゼントを残して、そばの林の中で亡くなっていたという、胸の潰れるような話も聞きました。
言うまでもなく探偵は極力生きている間に発見するように努めますが、残念な結果になる場合も。
しかし、不幸にも亡くなっていたとしても、できるだけ早く発見してあげることには重要な意味があります。
家族の許に戻してきちんと葬ってあげるという精神的な意味合いだけではなく、現実的・経済的な意味があります。
ズバリ言うなら、それは保険のことです。
生命保険は、死因が自殺の場合でも、免責期間(3年が多い)の後は給付される規定になっている場合があります。
つまり、加入直後はダメですが、加入して長い人は自殺でも受け取れる場合があります。
(実際にどうかは、各個人加入の保険会社に直接お問い合わせください。)
また、免責期間中でも精神病(うつ病等)のため、自分の正常な意思で自殺したとは言えない場合は支払われることがあります。
おそらく弁護士を立てて争わないと認められないと思いますが。
しかし、死亡が証明できなければ、永久に受け取ることができません。
亡くなった方が一家の大黒柱の場合、この問題は遺族のその後の人生を左右します。
また、住宅ローンを組む際に加入させられる団体信用保険もそうです。
免責期間(普通1年)の後は自殺でも給付されます。
マイホームは、よほど頭金を用意できる人以外は、最初の10年くらいはオーバーローン状態です。
つまり、家を売却して売却代金全額を返済に充てても、まだローンが残ります。
その差額を別途用意して全額返済できる準備ができないと抵当権をはずしてもらえず、売却できません。
つまり、売るに売れない状態になる場合が多々あるわけです。
一家の稼ぎ手が行方不明になり、住宅ローンが滞ると、3カ月をめどに銀行は保証会社から代位弁済を受けます。
つまり保証会社にローンの残額を全額払ってもらい、債権は銀行から保証会社に移ります。
銀行はもう関係なくなり、家の持ち主は保証会社からお金を借りている形になります。
と同時に、「期限の利益」、つまり家の代金を分割返済する権利を失います。
といって、ローンさえ払えないのに一括返済できるわけがありません。
すると債権者は抵当権を行使して、家を競売にかけてその売却代金で債権を回収します。
住宅ローン残債と競売の売却代金の差額は借金となって残ります。
家の持ち主は家を失い、引っ越し代の工面にすら苦労し、四畳半のアパートに引っ越しても借金が払えず、その後は自己破産となることも多いです。
こうなる前に行方不明者の死亡が証明されて、団信が下りると住宅ローンの残債が全部支払われます。
つまり家に住み続けられるだけでなく、その後の住宅ローンの支払いもなくなるのです。
まさに天国と地獄の差です。
警察は事件性のない行方不明者の捜索には不熱心で、当てになりません。
探偵に捜索依頼が来るのは、家族愛もありますが、ここで述べたような現実的な経済問題を回避するためでもあるのです。
家出した家族が遺書を残していったわけではないなら、自殺の危機は思い過ごしかもしれません。
甘く見るのは禁物ですが、家族がさんざん心配したのに、しばらくするとケロリとして帰ってくることも少なくありません。
生きて帰ってくれれば、それが何よりです。
自殺の危険のない家出人は探す場所も探し方も全然違います。
下記の記事をどうぞ。