ストーカー規制法はいつどんな契機で作られたのか?
その大まかな内容は?
そういう基礎知識を解説します。
2000年に同法ができる以前は、警察はストーカー案件に関しては傷害・殺人などの犯罪が実際に起きるまで何もしてくれませんでした。
ストーカー案件は「痴情のもつれ」という奇妙な警察内用語で片付けられていました。
「あ、それは『痴情のもつれ』だから警察は介入しない。当事者の話し合いで解決してもらって。」という具合です。
「痴情のもつれ」は現実にかなり危険な状況になっていても「民事」と決めつけられていました。
そして、警察は「民事不介入」を理由に対応しなかったのです。
その状況下で何度も暴力沙汰が起き、世間でも警察の対応方法に対する問題意識が高まっていました。
そして1999年暮れ、ついにこの事件が起きます。
埼玉県桶川市の駅前で女子大生がストーカーの手下に刺殺されたものです。
ストーカーは女子大生の関係断絶を恨み、事件に先立って近所や学校などですさまじい嫌がらせ行為を行いました。
そして殺害は計画的かつ組織的でした。
被害者と家族は何度も警察に相談に行きましたが、無気力でずさんな対応をされました。
ストーカー行為は極めて悪質で、危険な兆候に満ちていたのに何もしなかったのです。
さらに事件後も母親をすぐに病院に行かせなかったり、応対記録を改竄しようとしたり、犯人の指名手配が遅れたりといった有様でした。
この腐敗ぶりがジャーナリズムに暴かれ、3人の懲戒免職を含む15人の処分者を出す一大警察不祥事になりました。
報道を受けてこの事件が国会でも取り上げられ、ストーカー規制法立法の機運が一気に高まりました。
事件の翌年、議員立法により2000年にストーカー規制法が成立します。
「つきまとい等」という名称でつきまとい、監視、無言電話等の嫌がらせ行為を違法と定めるものです。
そうした行為を特定の相手に繰り返す「ストーカー行為」に対する罰則も設けられました。
警察にストーカーを止めに入るお墨付きが出たわけです。
しかし、この法で警察の対応が一気に変わったわけではありません。
ストーカー被害に一応対応はするものの、しばしば危機感と組織内の連携に欠けていました。
そしてストーカー規制法も世の中の変化に追いついていない部分があると後に判明します。
さらなる犠牲が出ないとこうした問題を改善できませんでした。
法の第一回改正は、逗子ストーカー殺人事件が契機となりました。
2012年、神奈川県逗子市の自宅で、女性が当時の夫と結婚する以前に交際していた男に刺殺されたものです。
男は女性の結婚に怒り、あらゆる手段で転居先を突き止めて犯行に及びました。
この事件では警察や市役所が不用意に転居先の情報を漏洩してしまう事態が見られました。
そして犯人が転居先の情報入手に探偵を使ったことも大きな問題になりました。
ストーカー被害の防止にはストーカー規制法だけでは十分ではない。
警察や自治体その他の個人情報管理や探偵の規制なども重要だと判明した事件です。
また、この事件では犯人が大量の嫌がらせ電子メールを送っていたのに、警察が制止しなかったことが問題になりました。
当時のストーカー規制法が電子メールに触れていなかったため、警察は違法性はないと判断したのです。
すでに電子メールはごく一般的な連絡手段になっていたにも拘らずです。
テクノロジーの進化とともに人々の生活は変わるので、法律もそれに合わせたアップデートが必要である。
そんな教訓が得られた事件でした。
翌2013年の1回目の法改正で、電子メールによる付きまとい行為が加筆されます。
2回目の法改正は、小金井ストーカー殺人未遂事件が契機となりました。
2016年、東京小金井市で女性がめった刺しにされ、一命は取り留めたものの深刻な後遺症を負った事件です。
この事件で当時のストーカー規制法がSNS上のストーカー行為に対応できていない問題が浮上しました。
テクノロジーの進歩への法対応は第一回改正だけでは不十分だったのです。
これを受けて事件と同年の2016年、2回目の改正が行われました。
SNSに関する項目が加筆されたほか、禁止命令関係は警察ではなく、公安委員会が出すように変更されました。
これは2020年の最高裁判決が、元交際相手の車に無断でGPSをつけて位置情報を知ることがストーカー規制法違反ではないとしたことを受けた改正です。
こんな判決が出てしまうのは法の不備だということで、GPSをはじめ、いくつかの問題に対する新規制が盛り込まれました。
ストーカー行為等の規制等に関する法律(通称ストーカー規制法)は、ストーカーの被害を防ぐための法律です。
この法律ではまず「つきまとい等」に行為リストを定義し、それを特定の相手に繰り返し行うことを「ストーカー行為」と定義して規制しています。
こうした行為に対し、公安委員会は被害者の申し出に基づき、または独自の判断で禁止命令を出せます。
保護される対象は女性だけでなく男性も含み、また同性愛のストーカー行為も対象です。
対象行為 | 2016年改正前 | 2016年改正後 |
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禁止命令より以前に「ストーカー行為」をした場合 | 6か月以下の懲役または50万円以下の罰金、かつ親告罪 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
禁止命令に違反して「ストーカー行為」をした場合 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 | 2年以下の懲役または200万円以下の罰金 |
禁止命令のその他の事項に違反した場合 | 50万円以下の罰金 | 6か月以下の懲役または50万円以下の罰金 |
同法の第二条は、つきまとい等の目的を恋愛感情・好意またはそれが満たされなかったことによる怨恨に限定しています。
また相手も特定の者とその配偶者や家族などに限定しています。
こういう限定がないと法が拡大解釈されて、ストーカー被害を防ぐという本来の目的からはずれた運用をされる危険があるからです。
専門的な表現をすると、公権力介入の限定ということです。
2013年改正(第1回) |
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2016年改正(第2回) |
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2021年改正(第3回) |
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