【最後は尾行する側を体験】
車両尾行に続き、徒歩尾行で尾行される側を体験し終えた私は、次に追跡する側を体験します。
新人女性探偵とベテランF探偵が浮気カップルの役。
A探偵の車と鬼教官の車がチームで浮気カップルの車を尾行します。
私は引き続きA探偵と同乗です。
車両尾行において、ターゲットの車の真後ろにつけず、間に一般車両を挟むことは「車両尾行編」で説明しました。
挟んでいる車両数は「あいだ2」「あいだ3」などと、逐次無線で報告します。
追跡する側に回って、中に入れる車は選んでいることがわかりました。
小さい子を乗せたおばさん運転のバンは入れさせませんでした。
高齢の人が複数乗った電気工事か何かの作業車も入れさせません。
あまりどんくさいのを間に挟むと、それが原因で失尾するリスクがあるからです。
「逆に外車やヤンキー車、ワルそうな車は使える。煽るとすぐスピード出してくれるから」
A探偵はそう語ります。
しかし、車の運転者はそんなにはっきり見えるとは限りません。
太陽の反射で見えにくいこともあるし、スモークがかかっていることもあります。
実際、この時は自分は見えにくいと感じ、A探偵の説明についていくのが大変でした。
しかも入れる入れないの判断は一瞬です。
一瞬で明確に意思を通して、位置関係をコントロールせねばなりません。
相手が怒る、あるいは怖がるような乱暴なやり方はだめです。
危険なことをしてパトカーに止めらたら、そこでゲームオーバーです。
静かに安全に、しかし決然と、相手を入れさせないのもテクニックが必要です。
A探偵はすべて一瞬で的確に判断して尾行を遂行していました。
ターゲットがウインカーを出したら、無線ですばやく仲間に伝えます。
相手が交差点を曲がった時は、そのままついていくと発覚のリスクが高いのでしません。
「左に平行」
無線でそう伝えると手前の角で同方向に曲がって急速進行、次に右折してファミレスのパーキングに入りました。
ターゲットが走ってくるのを待ちますが、パーキング通路で待ってると怪しまれます。
そこで、いったん駐車している車に混じって整列駐車します。
文章にすると簡単ですが、とてもすばやくやらないと間に合いません。
一瞬で空きスペースを見つけ、両隣の車で昇降がなさそうなのを確かめ、すばやく車庫入れする。
そこから出てくると、ターゲットが気づいた場合も、食事を終えた客だと思います。
まさに神業だな、と思いました。
ターゲットの車を確認すると、すぐに車を出して尾行を続行します。
このテクニックは「平行移動」と呼ばれ、京都市内、大阪市内、札幌市内など、道路が「碁盤の目」になっている場所で多用されるそうです。
積雪期の北海道は尾行車が非常に目立って難しいのですが、札幌市内に関してはこのテクニックが使えるので比較的楽とのことです。
いいかげん追ったところで、A探偵は無線で鬼教官に役割交替を告げます。
車は空き地に離脱させた後、少し時間を置いて追跡を再開しました。
ターゲットと鬼教官の位置関係は、無線でわかります。
このように、ターゲットとの間に一般車を入れるだけでなく、近づく役割を交替することで、さらに発覚リスクを下げるのです。
交代は、車両尾行でも徒歩尾行でも、チーム尾行の最も基本的なテクニックになっています。
一方でこうした交替もスキルが低ければ、逆に失尾の原因になりかねません。
そしてインフラとして業務無線が不可欠なことも実感されてきました。
チームメンバーの動きを文章だけで理解するのは難しいかもしれません。
基本の動きを図解したページがあるので、必要に応じて読んでみてください。
尾行の話がより理解でき、いっそう面白く読めると思います。
【ラブホ入りする浮気カップル役の探偵】
ターゲットの車はついにラブホテルに入りました。
A探偵の車は同じホテルの別の入り口から入って停車しました。
鬼教官の車がどこにいるのか私はわかりませんでしたが、ターゲットを観察できる位置にいるようです。
【浮気カップルを追って我々もホテル内へ】
ターゲットがホテルの建物に入ったとの連絡を受け、我々3人(A探偵、私、広告代理店の女性)も入りました。
本番ではこれを男女ペアの探偵でやります。
そして二人で部屋を選んでいるターゲットを一瞬で接写します。
そしてラブホテルで他のカップルと鉢合わせして戸惑ったカップルを装い、すぐに外に出るのです。
ハライチの調査報告書には、ホテルの部屋を選んでいる大写しの写真がよく出てきます。(顔をマスキングした実物をいくつか見せてもらいました。)
ラブホ出の写真は一般的ですが、ラブホ入りのこのシーンを撮れる探偵社は少ないです。
証拠能力もインパクトも圧倒的で、いかなる言い訳も不可能です。
あの写真はこのようにして撮られていたのです。
【部屋を選ぶ不倫カップル役の探偵】
「探偵技術の真髄は尾行」
1回目の取材の時、A探偵はそう語っておられましたが、追う側も体験して、一層そのことを実感しました。
ここには詳細を書けない高度なドライビング・テクニックを使った運転を堪能しました。
おかげで、助手席の私は車酔いになり、演習終了後に少し吐きました。
とにかく、気づかせず、かつ失尾しないために、さまざまなテクニックがありました。
どれもものすごい練習を積まないとできないようなことばかりなのです。
そして演習の最初にA探偵が言っていたように「運転・無線・尾行・撮影が同時にできないとダメ」なのです。
つくづく探偵とは職人技なのだと痛感しました。
この珍しい体験の中で学んだ尾行技術の基礎を解説します。
徒歩尾行も難しいですが、車両尾行は輪をかけてむずかしいです。
尾行者の助手席に実際に乗ってみて、車は歩きより自由度が低くて大変だなと思いました。
例えば、車は勝手に好きな場所で停車できないし、できたとしても目立ちます。
対象者と尾行車の間にはさめる車が走っていなくて、対象の車が停止したとしましょう。
尾行車はそのまま進行するしかありません。
路肩駐車しても自然な場所ならその手もあるが、狭い道で後続車が来ていたら無理です。
すると最後は尾行車の真後ろに近距離でつけることにならざるを得ません。
これをやると、その時は怪しまれなくても、その後の行動に大きな制約が生まれます。
別の場所でもう一度見られると、「さっき見た車か?」と思われます。
3度目は完全に尾行と断定されてしまいます。
車の入れ替えが必要になってくる可能性があります。
赤信号に阻まれた場合も歩きとは大きく違います。
交通量が少なければ、歩行者なら隙を見て渡ってもそんなに咎められません。
車だったらクラクションを鳴らされるし、近くにパトカーがいればアウトです。
歩行者なら、かわりに陸橋や地下歩道で渡れる場合もありますが、自動車は一択です。
道を間違えた等で引き返すのも、歩行者なら簡単ですが、車はそうは行きません。
大きくバックするのは難しいことが多く、前進しながら修正せざるを得ません。
そうするとその間に失尾するような場合も出てきます。
以上のようなことを踏まえて痛感するのがこれです。
今近くに行くべきか、間に車を挟んでおくべきか?
この車は挟んでよい車か否か?
この道に入って行っていいのか?
そういう判断を間違うと、徒歩と違って修正が大変で、命取りになりかねません。
そして判断したことを正確に実行できる技術が必要です。
この車の間に入ろうとか、この車を挟もうとか、ここに縦列駐車しようとか。
そういうことがいつでもスムーズにできないといけません。
運転技術と言っても、ドリフト走行とかではなく、器用にコントロールするということです。
車両尾行はとても自分にはできない、自分は探偵は無理だな、とつくづく思いました。
原一の取材で学んだことをYouTube動画にまとめています。
車両尾行の技術についてもっと知りたい方は,一度見てみてください