積水ハウス地面師詐欺事件(経緯・原因・防止策)|探偵の企業調査考察ノート

積水ハウス地面師詐欺事件(経緯・原因・防止策)|探偵の企業調査考察ノート

積水ハウス地面師詐欺事件についてまとめた記事です。

積水ハウス地面師詐欺事件

企業における不祥事や詐欺をはじめとする諸問題と、探偵を活用した解決方法を考察していくコーナーです。

 

今回は2017年に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」を取り上げます。

 

その内容は、基本的な調査を怠った結果の惨劇と言えます。

 

 

事件の概要

2017年6月1日に、大手ハウスメーカーの積水ハウスが土地の購入代金55億5千万円をだまし取られた事件です。

 

参考サイト: 積水ハウス地面師詐欺事件(Wikipedia)

 

犯人は地主の財務担当を名乗っていたカミンカス操とその一味です。

 

彼らは土地の所有者になりすまして金をだまし取る「地面師」という詐欺師たちです。

 

物件は品川区五反田駅そばの旅館「海喜館」。

 

この立地で600坪の土地は不動産業界でも垂涎の的でした。

 

言うまでもなく無数の不動産業者が長年に渡って営業をかけてきました。

 

しかし、所有者は頑として売却を拒み、すでに高齢になっていました。

 

海喜館について
海喜館}

正確な住所は「東京都品川区西五反田2-22-6」。JR山手線五反田駅から徒歩3分。

 

現在は、旭化成不動産レジデンスがデベロッパーでアトラスタワー五反田というタワーマンションが建築中です。

 

竣工および入居は2024年3月の予定。

 

参考サイト: アトラスタワー五反田

 

そんな物件が手に入るという話が、都心でのマンション用地を探していた積水ハウスのマンション事業部に持ち込まれました。

 

取引相手は、地主の財務担当を名乗る男と不動産屋でした。

 

同社はこの話に飛びつき、70億円で購入する売買契約を締結。

 

所有権移転仮登記の後、購入代金の大半を支払い、所有権移転登記の申請をしました。

 

しかし、しばらくして法務局から却下の連絡がありました。

 

所有権移転が認められたのは、死去していたオーナーの実弟で、移転の原因は相続。

 

8月2日に積水ハウスは詐欺被害に遭ったことを認め、メディアはさかんに報道しました。

 

その後、犯人グループ10人は逮捕され、主犯格は懲役11年を言い渡されました。

 

旅館はすでに取り壊され、土地は旭化成のグループ会社が取得しています。

 

詐欺が成功した要因

この詐欺が成功した要因は、積水ハウスが基本的な裏取りを怠ったことです。

 

まず、「所有者」の写真を見せて、本物かどうか近所に聞き込みをするという調査があるが、これをしなかった。

 

不動産会社が地面師対策として普通に行っている基本的な調査です。

 

周囲に人家が少ない土地や新しい家ばかりの土地だと、聞き込みをしても誰も所有者を知らないということはあります。

 

しかし、「海喜館」の場合は近所で知らない人はいないほどでしたから、調査をかけていればすぐにわかったはずです。

 

積水ハウスマンション事業部はなぜそれをしなかったのか?

 

そこには当時の社長による勇み足がありました。

 

早い時期に地面師たちに引き合わされた社長はすっかりその気になり、他の購入者に取られてしまわないかと焦っていました。

 

聞き込みがバレれば、密かに売却したい所有者の機嫌を損ねるかもしれません。

 

また、「あの土地が売りに出ているらしい」という噂が広がってライバルの動きを刺激する危険もあります。

 

きっとそれが怖かったのでしょう。

 

この取引にはほかにもいろいろ怪しい兆候があり、積水ハウスの現場は精査を望んでいました。

 

しかし、焦りにかられた社長はそれを抑え込んでしまいました。

 

そのため、基本に忠実なら簡単に防げた詐欺に引っ掛かり、巨額の損失を出すことになりました。

 

大企業で不動産取引のプロの会社でもこんなことがあるのです。

 

不動産取引に慣れていない会社やワンマン社長の会社は、地面師を警戒する必要があります。

 

地面師のやり口の詳細
ここまで上手く騙された状況のもう少し詳細な情報があったので、紹介します。

 

下記サイトに関与した人物の関係図やお金の流れも出ています。

 

参考サイト: 積水ハウス地面師詐欺事件の詳細

 

まず、地面師が動いたのは本物の地主(女性)が末期ガンで入院して、件の物件を留守にしているタイミングでした。

 

そのため、怪しい動きがあっても、地主側はそれを察知してすばやい対応が取れない状況でした。

 

例えば、地面師は仮登記の時に偽者の地主を連れていきました。

 

積水側はその人物からも持参した書類からも嘘を見抜けませんでした。

 

また、地面師は地主には内縁の夫がいて、最近不仲であるという話を仕込んでおきました。

 

このため、売買契約をしていない旨の内容証明郵便が来た時も、簡単に怪文書扱いしてしまいました。

 

売買に反対する内縁の夫が送ったのではないかという地面師の話を鵜呑みにしたのです。

 

積水側は、内縁の夫が他の不動産業者と結託して、妨害運動を活発化させていると捉えました。

 

そのため、これ以上妨害が激しくなる前に、決済を前倒ししようという地面師の提案に乗りました。

 

残金決済前の打ち合わせで、なんと地面師は権利証を持参しませんでした。

 

権利証は内縁の夫が持っていて渡してもらえないので、最近緩和された移転登記方法を利用しようと提案したのです。

 

2005年の不動産登記法改正で認められた新方法で、弁護士作成の本人証明で移転登記するというものです。

 

これにも積水はあっさり乗りました。

 

以上の話を集約すると、3つポイントがあることがわかります。

  1. 地主が現地に不在かつ病気で身動きできないタイミングを利用
  2. いかにもありそうな敵対勢力の設定
  3. 法改正で権利書なしで移転登記できるようになったことを利用

 

検証の欠落と思い込みが問題
うまく仕組んだと言えるかもしれません。

 

不動産取引に不慣れな素人なら騙される人もいるでしょう。

 

しかし、やはりプロならひとつずつ裏を取るべきだったし、それをやっていれば簡単に防げたのではないでしょうか?

 

やはり、地主の写真を近所で見せて本人かどうか検証する。

 

この最基本をやっていれば、本人が病気だろうが死んでいようが、嘘は見抜けたはずです。

 

確かに調査が売主にバレて不興を買えば、取引自体なくなるリスクはありました。

 

現に、検証報告書には「昔からの知人や加盟組合(旅館)などへの写真による本人確認については、X氏(本人)の不興を買うおそれがあることから実施は困難である」という理由で確認が行われなかったとしています。

 

しかし、当サイト管理人などは、発覚しない聞き込みができる探偵もいるのに、と思ってしまいます。

 

また、売買に反対の内縁の夫の話も、その人物の裏を取るべきだった。

 

競争の激しい物件ですから、そういう人物がいてライバル不動産会社も協力しているというのは十分ありそうな話ではあります。

 

だからこそ、ありそうな状況を利用した嘘の話ではないかと疑い、検証すべきだった。

 

チャンスを失う恐ればかりが先行し、思い込みに頼り、裏取りを怠った結果であると断罪するしかありません。

 

詐欺師のイメージ

 

地面師について

大きなイベントを控えたりして不動産購入意欲が高まる時期が地面師たちのチャンスです。

 

最近でいえば、例えば2020年の東京オリンピック前の時期。

 

積水ハウスの事件はまさにこの時期に起きました。

 

参考サイト: 地面師の手口や防ぎ方をもっと詳しく(不動産サイト)

 

地面師に狙われやすい物件

長期間、更地や空き家のままの物件 購入希望者が事前調査で現地訪問しても、所有者の特定が難しい。近所で聞き込みをしてもわからないことが多い。
所有者が古くから同じ物件 所有者が高齢、故人などで成りすましやすいことが多い。
抵当権などの担保権設定がない物件 抵当権抹消などの手続きは不正がバレるもと。売却にそういうものが不要な「きれいな物件」が好まれる

 

「海喜館」は上記のような条件にも複数あてはまる物件でした。

 

大正10年に認可を受けて3代にわたって営業されてきましたが、2017年では既に長らく廃業状態。

 

都心の立地にしては大きすぎる廃墟のような建物が長期間存在していたわけです。

 

不動産登記簿謄本によると、昭和35年に相続があったとの記載のみ。

 

抵当関係を示す乙区は空欄、権利関係は単純です。

 

相続した所有者の承諾さえあれば土地を購入できるという状態だったのです。

 

今は地面師が仕事をしやすい環境

地面師は昔からいますが、現代は彼らにとって非常に仕事がしやすい環境になっています。

 

技術の発達による偽造の容易化
ひとつは、デジタル技術の急速な進歩で証書、ID、印鑑などの高精度な偽造が可能になっていること。

 

運転免許証やパスポートも非常に精巧な偽造が可能になっているし、実印を3Dプリンタで作ってしまう場合もあります。

 

法改正で権利書なしの移転登記が可能に
もうひとつは2005年の不動産登記法改正で「本人確認情報提供制度」というものが作られて、権利書がなくても登記ができるようになったことです。

 

弁護士や司法書士が所有者の本人確認情報を作成して法務局に提供することで、権利書なしの登記が可能になりました。

 

これは本来、権利書を紛失していた場合などの手続きを簡素化する狙いですが、結果的に地面師の仕事をやりやすくしてしまっています。

 

参考サイト: 2005年不動産登記法改正の内容(不動産サイト)

 

地面師のおすすめ小説

詐欺の手口を勉強するには、フィクションを読むのもいいです。

 

楽しみながら、だまされない知識も身につきます。

 

下記の小説は、この積水ハウスの事件をモデルにした地面師の小説です。

 

緻密な取材に基づく、緻密な筆致で、そこが面白いと同時に難しいかもしれません。

 

最初の部分は登場人物が多すぎ、設定も複雑すぎて、しんどい人もいるようです。

 

しかし、そこを我慢した後は面白くなるようで、Amazonでも高評価を集めています。

 

 

探偵の活用について

地面師対策に探偵を活用する方法を紹介します。

 

地主の本人確認・聞き込み調査

聞き込み調査は探偵の仕事です。

 

所有者の写真を見せて近所で間違いないか確認を取ってくるという作業は彼らに依頼できます。

 

あわせて最近の状況など、関連情報を拾ってくることもできます。

 

海喜館のように、長年売却を拒否していたのに突然急いで売りに出しているなら、どういう状況変化があったのか?

 

売却に反対し、権利書を押さえているという「内縁の夫」というのは、どこのどんな人物なのか?

 

そんなことも調べられます。

 

ただ、調査していることがバレないようにしたい場合は、できる探偵が限られてきます。

 

行動調査
地面師というのは単独犯ではなく、5~6人のグループで行動します。

 

各種の偽造行為などの作業を手分けし、なりすます人間も分担する必要があるからです。

 

だからキーパーソンに行動調査をかければ、メンバーを洗い出すことができます。

 

行動調査というのは尾行し、写真や動画で行動を記録していくことです。

 

地面師なら得体の知れない複数の人間と頻繁に会っているのが確認できるはずです。

 

その一人一人をまた調べていく。

 

そんな調査も可能です。

 

司法書士ではできない実地調査
あと、地面師対策から少しズレますが、不動産の所有者と連絡が取れない場合も探偵が使えます。

 

ほしい土地・建物があって、司法書士の先生に相談して、登記簿を調べて、所有者に手紙を送るが、一向に反応がない。

 

現地に行ってみると空き家で、司法書士の手紙がポストに溜まっている。

 

近所に聞いても所有者の名前や住所はわからない。

 

こうなると司法書士の先生では先に進めません。

 

そういう時に所有者を探し当てるノウハウを持った探偵がいます。

 

ただ、これも浮気調査と違って、どこの探偵社でもできることではありません。

 

よく話を聞いて経験・実績を見極めてから依頼する必要があります。

 


おすすめ記事

企業関連の探偵調査に興味のある方には、下記の記事をおすすめします。

 

社内不倫、確信的サボり、労災保険の不正受給、さらには産業スパイまで、多彩な事例を収録しています。

 

 

補遺

積水の担当者が知っていた可能性

積水ハウス地面師詐欺事件については、上述の内容が一般的な見方です。

 

しかし、それとは違う見方をする人もいます。

 

ライター藤岡氏の取材ルポ

藤岡雅さんという取材ライターで、この件に関する本も出版されています。

 

この方によると、取材の結果、メインの担当者はこれが詐欺であることを知っていたとしか思えないといいます。

 

また、積水の東京マンション事業部では、海喜館のオーナーのことはよく知っており、退社済みの人ではあるが、面識がある人もいるそうです。

 

考えてみれば、垂涎の的の土地ですから、何十年にもわたって色々なデベロッパーが営業をかけているはずです。

 

社内や同業者のネットワークに打診するだけでも、本人性の裏取りはかなりできるはずです。

 

仮に詐欺に協力したのだとしたら、背景には何があったのか?

 

藤岡氏は社内の権力闘争が背景にあったと見ているようです。

 

参考サイト: 積水地面師詐欺事件の見方(文春オンライン)

 

まあ、言われてみれば、あまりにも簡単に騙されていて、不自然な気もします。

 

東洋経済の記事

この件に関する社内調査報告書については、積水ハウスはかたくなに公開を拒んできたようです。

 

東洋経済はその全文を入手し、「ありえないことが起きた理由」と「公開を拒む理由」がわかる記事を出しているようです。

 

参考: 東洋経済の記事予告

 

株主代表訴訟

この事件に関しては、株主が当時の社長らに対して株主代表訴訟を起こしています。

 

請求内容は、損害額と同額を会社側に支払えというものです。

 

大阪地裁の1審はこの請求を退け、2022年12月8日の大阪高裁も株主側の控訴を棄却しています。


参考情報

YouTube

丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニーが有名不動産取引指南サイト「楽待」に出張したコラボ動画です。

 

 

参考書籍

先述の藤岡氏の見方をより詳しく知りたければ、著書を買って読んでみるのがいいでしょう。

 

その内容にまで立ち入るのは本記事の趣旨から逸脱するので、Amazonへのリンクを張るにとどめます。

 

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もう一冊、このテーマに関する本が出ていて、評価が高いようなので紹介しておきます。

 

これはルポルタージュです。

 

地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団をAmazonで買う

 

最後の1冊は、事件をモデルにした小説です。

 

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